LINE facebook

【政治家】あらゆる業界を経験してきたさいとう健一郎さんだからこそ分かる、日本の未来と政治家の可能性!

さいとう健一郎サムネイル

今回は、ホリエモンこと堀江貴文さんの運転手兼秘書を務め、現在は政治家になるため精力的に活動をされているさいとう健一郎さんにインタビューさせていただきました。

野球少年から、営業マン、飲食店経営、運転手兼マネージャー、政治家など様々な業種を経験してきたさいとうさんにこれまで歩んできたキャリアや、将来の展望、そしてさいとうさんの考えるこれからの日本などについてお話していただきました。

挑戦したいことがあるけれども勇気が出ない方に、ぜひ読んでいただきたい内容です。

 

子どものころから社長を夢見ていた

さいとう健一郎

学生時代はどんな学生だったのでしょうか。

さいとう健一郎さん:コミュニケーション能力が高かったので、学級委員長や部活動のキャプテンになったり、割と中心的な存在だったと思います。中学生の頃は、野球でオリンピックに出ることが夢で、国を代表して世界で活躍する姿に憧れていました。高校生の頃は、雇われるのではなく独立した、いわゆる『社長』になることをを夢見ていました。
大学には野球の推薦で進学したんですが、この後の人生を野球で食べていくことは想像していなかったので、野球に対するモチベーションが途切れてしまい、大学1年の5月には引退をしました。当時すでに「起業家になりたい」という明確な夢があったので、野球漬けの日々で大学時代を終えるのが怖かったんです。

その後は、朝から深夜までひたすらアルバイトをしてお金を稼ぎました。引越し業者、ファミレス、プールの監視員、そして僕が独立するきっかけになったカフェでのアルバイトです。稼いだお金は、基本的に好きなことに使っていました。旅行に行ったり、いろんなことを経験して自己投資していましたね。
そんな中で、20歳の僕をアルバイトとして雇ってくれたカフェの社長に惚れ込んだんです。その方に出会って「この社長についていったら社長になれる!」という確信を抱きました。

 

独立を目指すなかで、就職活動はどのように行われたのでしょうか。

さいとう健一郎さん:就職活動期になり、その社長に「卒業後もここで働きたい」と伝えたところ、「就活は勉強になるから、経験しておいた方がいい」と言われ、一応就職活動を始めました。
僕の中では内心、コミュニケーション能力は高いから内定くらい簡単にもらえるだろうと思っていました。しかし結果は、見事に全部落ちてしまいました(笑)。
やっぱり、ここに気持ちが入っていないというのはバレるんでしょうね。結局1つも内定がとれずにそのままカフェの社員として働くことになりました。

 

社長のどんなところに惹かれたのでしょうか。

さいとう健一郎さん:当時、社長は27歳で約30坪ぐらいのカフェを経営していて、ポルシェに乗っていたんです。単純に自分もこの人みたいな社長になりたいと思いましたね。
その後のカフェ社員としての経歴をお話すると、20歳でバイトを始めて22歳で社員になりましたが、結婚を機に25歳で退職をしました。その後は営業職を2年ほど経験したのですが、離婚してしまって、その時に改めて人生を考え直してみたんです。
ちょうどそのタイミングで、社長さんがカフェを売りに出していたんです。周囲からの声もあり、26歳の時に店舗を買い取らせていただきました。それからは、会社員をしつつ、店舗経営も並行して行うという働き方をしていました。

 

店舗経営に絞らず、会社員も続けた理由はなぜですか?

さいとう健一郎さん:僕も当初は店舗経営に専念するつもりでしたが、会社に「独立して起業するので辞めたい」と伝えた時に、なかなか辞めさせてくれなかったんです。話し合いの末、「定時で退社できるなら会社員を続けます」ということに落ち着きました。それからは怒涛の日々でしたね(笑)。18時の定時までは会社員をして、その後すぐに店へ出勤して夜中の2時3時まで働くというスタイルを続けていました。そのカフェは2018年に売却するまでは、個人事業で2年間、法人で10年間店舗経営をしていました。

 

きっかけは自己投資

ラフな姿のさいとう健一郎

飲食店を経営していたときの、挫折や苦しかった思い出はありますか?

さいとう健一郎さん:飲食業は利益が低いので、資金的には厳しかったですね。決められた設備の中でお客さんを回すので、どんなに頑張って働いてもそのお店という箱の中での売り上げには限界があります。
あと、現場で働けば働くほど自分の周辺のことしかわからなくなる点も苦労のひとつかもしれません。働いている間は、お店の中に籠もってしまいますから、情報を得ようと思うと労働時間外に競合店の調査や勉強をすることになります。参入障壁は低い飲食業ですが、そう言ったところのジレンマはありました。

 

飲食店を辞められてからの次のキャリアはどのようなものだったんですか。

さいとう健一郎さん:飲食店やアパレル、店舗経営などを10年ほどしていました。今までは無茶な働き方をずっとしていましたが、店舗経営だけに落ち着いた時に、時間的な余裕ができたんです。自己投資に費やそうと、色んな方とのつながりを増やしていくうちに、ある方に「堀江さんを紹介したい」と言われて。一緒に飲みに行かせていただいたのが、今につながる堀江さんとの最初の出会いでした。

 

その頃から政治家になりたいという思いがあったのでしょうか。

さいとう健一郎さん:そうですね。店舗経営などの経験も大きいですが、ある政治家さんが、国を良くしていこうと戦う姿にとても心を打たれて。自分もこんな政治家になりたいと思っていました。
知り合って一年ほど経った時に、僕が政治家を目指しているということを堀江貴文さんに伝えたんです。政治家を目指すためには、政治家の秘書になるよりも、「堀江貴文の運転手」としていろんな経営者と出会って人脈を広げていった方が、良いと思ったんです、と(笑)事実、堀江貴文さんほど深く、多岐に渡って知識のある方ってなかなか居ないと思っています。
すると、「そういう目的があるんだったら面白いかもね」と言っていただいて、それからは、自分の店舗と並行しながら、2年ほど、運転手兼マネージャーという形で働かせてもらっていました。

 

ある種逆張りの選択だった

マネジメント業務は、具体的にはどのようなことをされていたのでしょうか。

さいとう健一郎さん:堀江貴文さんのマネージャーは、僕含めて4人居ます。僕はアクティビティの担当をしています。僕は、小中高大ずっと野球をやってきたこともあって、身体を動かすことはすごく得意でした。
堀江貴文さんはすごく健康に気を使ってるので、例えば冬はスノーボードとか、夏はウェイクボードとか、トライアスロンをしたりとか、運動する機会は非常に多かったんです。今までのマネージャーはそれに同行してサポートをしてたんですけど、斎藤健一郎は準備から片付けはもちろん、運動神経も良くて面白いということで、アクティビティ担当のマネージャーになりました。
運転手とアクティビティの担当として堀江貴文さんと一緒にゴルフをしたりトライアスロンしたり、様々な遊びを一緒にする係になりましたね。

 

他のマネージャーさんもいらっしゃると思うんですが、アクティビティ以外にはどんな業務があったんですか?

さいとう健一郎さん:堀江貴文さんのマネージャーチームは4人体制で回っています。アクティビティ以外は、堀江貴文さんの仕事に同行しサポートする人、バックオフィスでメディア対応などをする人、そしてこれらを統括するチーフとなる人です。

 

ー堀江貴文さんの運転手兼マネージャーを経験して、どんなことを学びましたか?

さいとう健一郎さん:堀江貴文さんの常識を疑うという視点は日本の中でもトップレベルだと思うんですよ。1900年代のテレビや新聞に出ている情報が「常識」と考えられていた時代に、その「常識」に意を唱えた先駆者は堀江貴文さんだと思っています。常識に疑いを持って、変革を仕掛けていったがために投獄されたのも事実なんですが、彼のその姿勢は昔から変わらず一貫されています。物事を俯瞰的に見て、世の中の常識を自分なりの考えとロジックでしっかり主張していく姿は、非常に勉強になります。

 

ーさいとうさんの周りにも政治家を目指している人が結構いたんですか?

さいとう健一郎さん:僕の周りには1人もいません。だから逆張りですよねある種。みんなが目指してないからこそチャンスがあると思いました。僕は経営者時代も野球少年時代も、周囲から反対されるようなことや、周囲が挑戦しないことに挑戦して成功を収めてきた経験があります。
僕は政治家を目指す人の少なさに違和感を感じていたんです。国を担う仕事である政治家は、誰もが憧れる格好いい仕事なはずなのに、日本の政治家はそうではない。そう思っていた中で、ある政治家さんの自分の言葉で言いたいことを言っている姿に「政治の世界はこれから変わる」と感じました。きっとこれからの政治家は、子どもたちの憧れの職業になる、そのときの政治家に僕もなっていたいと思ったんです。

 

こんな明るい国はない

スーツで笑顔のさいとう健一郎

政治家になったとき、こんな日本にしていきたい!というビジョンはありますか?

さいとう健一郎さん:笑顔の多い、「優しさの連鎖」ができるような国にしていきたいです。
笑顔で「幸せです」と言える人の数が多ければ多いほど、人のために動ける人や、人を思いやれたり、優しさの連鎖ができてくると思います。

 

ーさいとうさんから見た、今の日本の現状は諸外国と比べてどうでしょうか。

さいとう健一郎さん:現時点から言うと、こんなに未来が明るい国はないと思っています!その認識は、みんな持った方がいいです。
確かに、この30年間の日本の経済は、GDPから見ても成長はしていません。でも見方を変えると、今が底辺なんです。簡単に言うと、もう上がるしかないんですよ。

日本は世界的にみてクオリティレベルが高い国です。車が走る道路は整備されており、歩行者がいきなり後ろから襲撃されることもなく、夜道で拳銃を撃ち合っていることもないです。今後この環境からいきなり、道路がボコボコで車が走るとパンクしてしまうとか、日本人の人格まで壊れて治安が悪化するとかは考えられません。日本経済は停滞しているから、今後下落するとイメージされている人もいますが、そんなことは考えにくいです。

日本は世界で現存する最古の国家でもあります。これは、2700年間ブラッシュアップし続けた会社と同じなんです。世界的にみて、かなり近代化も進んでいます。日本は本当にすごい国なんです!

 

大切なのは、己を知ること

お仕事のやりがいや魅力を教えてください!

さいとう健一郎さん:同じことの繰り返しじゃないところですね。基本的に仕事は、淡々と同じことを繰り返す日々のはずなのに、やることも考えることのレベルもどんどん変わっていくので、毎日刺激的で非常に面白いです。
政治の世界はブルーオーシャンです。ここにベッドせずに何にベットするのか、と思っています。

 

未来ある若者に、メッセージをください!

さいとう健一郎さん:自分と向き合って、己を知ってください。自分は何をしたいのか、今やっていることは本当にやりたいことなのか、嘘はついていないか、、。自分と対話しながら自分を見つけることが大切です。人生は何歳からでも新しくはじめられます。年齢はただの数字です。周りに流されず、やりたいことに対して全力で突き進んでほしいですね。

***

今回は、堀江貴文さんの運転手兼秘書で、都知事選や、衆院選に出馬するなど政治家になるために勢力的に活動されているさいとう健一郎さんに取材させていただきました。

常に自分の目指すなりたい自分に向かってまっすぐに突き進んできたさいとうさん
「逆張りですよねある種。みんなが目指してないからチャンスがあると思いました。」と、あえて人が選ばない道で功績を残してきたさいとうさんの言葉にはとても説得力がありました。政治家を目指すうえでも、笑顔の多い国を作りたいとおっしゃっており、終始笑顔の絶えない取材となりました。

shabellbaseでは今後も多種多様なキャリアを築く方々を紹介しています。
あなたの夢探しやライフプランに役立つヒントを見つけてみてください!

さいとう健一郎さん
さいとう けんいちろう|政治家


1980年生まれ。兵庫県出身。飲食店を12年間経営し、その後堀江貴文の運転手兼秘書(マネージャー)・アドベンチャレースNISEKO EXPEDITION主催者・堀江政経塾塾長としてマルチに活躍している。政治家になるため都知事選・衆院選に出馬した経験を持つ。

▼shabellアプリでさいとう健一郎さんに相談したい方はこちら
shabellアプリで相談

関連記事

今回は、ワークログ株式会社の代表取締役である山本純平さんにインタビューさせていただきました。慶應義塾大学大学院卒業後、司法書士試験で失敗。その後、様々な業界の会社を渡り歩いたのち、独立し現在ワークログ株式会社の代表取締役[…]

山本純平
関連記事

現在マドレーヌ工場の経営と、ネイルサロンの2つのお仕事をしている松本加奈さん。五反田で13年間知り合いのみの個人ネイルサロンを営んでいるそうです。そして3年前、2019年11月に愛と友情の金のマドレーヌ工場を設立されました。人を愛し[…]

松本加奈サムネイル

 
LINE@バナーシンプルブラックインタビュー記事用

   
(2 いいね!)
読み込み中...
NO IMAGE

What's ”shabellbase”?

自分らしさは探すものじゃない、育むものだ。
明るい社会と未来のために、だれもが必ず持っている、“あなたらしさの種“を育てるヒントを提供するのがshabellのバリュー。shabellbaseは、自分らしく生きる人の軌跡や考え方を綴った、キャリア、ライフスタイル、価値観にフォーカスし、“生き方図書館“を目指すウェブメディアです。
shabellアプリは、 なりたい職業や選択したい生き方への不安や悩みを、その職に就いているプロフェッショナル人材に直接相談できる、“生きた教科書“を目指すアプリです。

CTR IMG
ja Japanese
X